空中楼閣*R25

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感じる唇で

 人はいつも想像を感じ取り、推測で行動をする。しかも、想像と推測が正しかったかどうかは、少しだけ過去の感覚でしか知る術が無い。

 何故って、単純な反射運動でないかぎり最低でも三つの神経を経由するから、1/100秒を絶対に超えられない。

 いつも人は、過去を感じ、過去を判断し、遅れて行動をして、結果は遅れてやって来る。

「今が誰にも解らないなら、今って何・・誰にも感じられないなら、それって」

 貴女の言葉に、高校の数学の授業の出来事を思い出した。

 教師が黒板に長い横線を描いて、その真ん中あたりに短い縦線で叩き付けるように印をつけた。彼は言う。「ここがとある数字、例えば0としたら、そのすぐ隣りは限りなく0に近いが、決して0ではない」

 高校生の私は、ふと思って。限りなく「0」に近い限りは決して「0」にはなれないんだ、と。そして「0」は身動きできないほど、がんじがらめに「0」で在り続けるんだ、と。

 孤独な「今」は誰にも触れられないように、貴女も私も限りなくは近づけるけど、互いの「今」には触れられないんだ。

「なんだか、切ないじゃない。今って」
「でも、限りなくは近づけるでしょ。だって、人は1/100秒の差を知りようも無いんだから」
「じゃあ、さっき私の中に注がれる瞬間は、あなたのほうが本当は少しだけ早く感じたんだけど、その差が解らないくらい同時に感じ合えてるってこと?」

 なんだか、自分が秒速で果ててしまっているような気分になった。

「二人とも普通の人間なら、感じるのは同時だよ」
「でも・・限りなく近づいても、私はあなたに触れられないのよね」

 そう言って腰を押し付けがら、貴女の中で寛いでいた私を締め付けた。押し戻されそうになりがら、私も腰を深くした。

 少しだけ力を取り戻す。貴女が吐息を漏らす。

「あん・・感じる」

 同時だろうと、同時でなかろうと、感じることに違いはない。再び張り詰めていく私が、貴女の粘膜に抱き締められる。

 それが少し過去の貴女だとしても、ずっと昔の事をつい昨日のように嫉妬する貴女に比べれば同時みたいなものだ。限りなく「今」の貴女と交わっている。

 さっきよりも、ずっと柔らかく、強く、熱くなっている貴女の中に埋もれながら、乳房に触れて、唇にキスをした。

「あ・・流れてる。あなたの・・が、こぼれちゃう」

 交わっているのが、少し過去の私でも、貴女でも、感じる時間が少しだけずれていても・・

「気持ちいいね」
「ああ・・気持ちいい」

 感覚というチャンネルで交わろうとする限り、時間からは逃れられない。

「もっと・・・ねえ、ああ・・もう一回、一緒に逝って」