後ろ手縛りの幸福
女性には、それぞれ触れてはいけないスイッチがあることを知ったのは、大人になって暫くしてからだった。
甘い感覚と緊張で少し汗ばんだまま繋いでいた手の、人差し指を貴女の指の間に滑り込ませた時だった。
驚いたように貴女が私の手を振りほどいた。
「あ、ダメなの、私、そこ」
当時は、何が起きたのか判らなかったけれど、今だったら、もっと上手に対処できただろうと思う。
例えば、何も無かったかのようの笑顔で手を差し出して、普通に貴女の手を握り直しただろう。そして、そのまま歩きながら、こんなふうに言うんだ。
「感じ易いんだね、指。それって素敵だね」と。
目の前に腰を下ろしていた貴女の襟足に白い糸くずがついていたから、肌に触れないように、そっと指で摘まみ上げようとしたけれど、貴女の後れ毛と絡まって簡単には摘めなかった。
不意に貴女が頚をすくめ、短い吐息を漏らすと顔を伏せる。
「どうしたの?」
「え、何でも無い・・くすぐったいから」
そう言った貴女の太腿の上で、握られた指先がスカートにシワを作っていた。今だったら、うなじに唇を押しあてながら、後ろから抱き寄せたのに。
指の間をなぞられて腰が甘く蕩けたり、襟足に触れられて胸の先が強ばったり、そこが官能のスイッチの一つだったのだとは、その時は思いもしなかった。
「やっぱり、そうだった・・あなた」
私の硬くなったものを丹念に愛撫しながら、貴女はそう言った。何が「やっぱり」で、何が「そう」なのか判らない私に、貴女はこう続けた。
「思ったとおりなんだもの。凄く気持ちイイし、きっと・・ずっとしてくれる」
何故、貴女がそう思ったのか、今は少し判る気がしている。
軽めのアルコールと食事をしながら、傍らにあった水槽のガラスを何気なく指先でなぞったら、貴女の視線に気が付いた。
「その指のしなり方・・いやらしい。撫でてほしくなる」
触れてはいけない官能へのスイッチが、言葉にもあることを知ったのは、私が「梓」と名乗り始めてからだった。
・・後ろ手縛りで跪いたまま目隠しをされて、涙が溢れるほど赤い唇を犯される。
「そんなシーンを心に浮かんでしまうの」
・・私が思い浮かべた淫らを文字に写しただけですよ。
「でも、何故だか欲しくなるの」
・・どんな言葉でですか?
「お願いですから見て下さい、って」
・・ああ、こうですね。
「貴女の淫らを・・見せなさい」