して・・欲しい
まるで新しい玩具をみつけた子猫みたいに、貴女は嬉しそうな表情で唇を舐めた。
小さく尖った舌の先が妙にエロチックで、キスをして互いの舌先を感じ合うときの感触を、私は思い出していた。
「嬉しそうだね」
「だって・・嬉しいから」
私の付け根を左手で握って硬さを保たたせながら、尖端に顔を近づけて舌を伸ばした。舌で螺旋を描いて私を湿らせると、右手で恐る恐るゴム製品を当てがった。
「そんなにソフトにしなくても大丈夫だよ。それに、それでは上手く出来ないよ」
「だって、初めてなんだもの。男の人に付けるの」
そう言いながら爪で傷つけないように指の腹を私に押し当てて、尖端からクビレへと滑らせる。
私の部分を見つめる真剣な貴女の眼差しに、思わず頬が緩んでしまう。
「なんで笑ってるの。貴方こそ嬉しそうよ」
「真剣に硬くなったものを見つめてるから、ついね」
「だって、別の生き物みたいだから。それに私を気持ち良くさせてくれる」
そこだけを気に入られるとしたら、男性としては喜ぶべきことなのか、あるいは人としては悲しむべきことなのか。
「そこと私とどっちが好き?」
下らなく浮かんだ考えで、下らない事を聞いてしまった。貴女は、付け根のほうまで濡らそうと、顔を斜めにして私に舌を這わせていた。
「こっちかも・・嘘よ。貴方よ。あ、でも、両方かな。うん、両方欲しい」
一度は上げた顔を、貴女は返事の途中から次第にうつむかせ、最後は私の硬さに話かけているみたいだった。そのまま顔が近づいて、私を唇で包み込んだ。
貴女の髪が私の腰を覆う。そのまま頭が上下に揺れ始める。いつもとは違って、ゆっくりと近づき、急いで離れる。
「な、何してるの」
「・・う、うぐ、ううん・・ああ、ダメだわ」
赤い唇から透明な糸を曳かせながら、貴女が息を吐いた。
「無理だわ。口で付けられない」
「そりゃ、無理だよ。指でなくちゃ」
そう言いながら、私は貴女の腰の間にあった自分の左膝を軽く曲げて、花びらに押し当てた。
「あ・・だめ」
裸の腰からは白いコードが伸びていて、それは貴女の内側で快感を与え続けていた。膝頭で奥深くからの震動を感じながら、更に押し付けた。
「ああん、出来なくなる・・ぅ」
私を握りしめたまま貴女が体を反らした。自分の体内からの感覚に集中するように目を閉じて、やがて腰を左右に揺らし始める。
小さなモーターは、貴女が私に夢中になっている間も少しずつ子宮を溶かしていたみたいだ。
「もう・・ねえ、いいわ、これ要らない」
「何が?」
何が要らないのかと訊く前に、貴女の指先が私から中途半端にがぶったゴムの帽子を引き剥いだ。
「コレして欲しいって言ったじゃない」
「いいの。もう、いいの。それより、ねえ・・欲しい」
「ダメでしょ、付けなくちゃ」
「やだ・・そのまま、欲しいの。出していいから」
「でも」
「でもって、嫌なの?」
「そうじゃなくて、その前にそこを埋めてるものを引き抜かなくちゃ、ね」
私は手を伸ばして、貴女から伸びた白いコードに人差し指を絡めると、力を加えた。
とろりとした貴女の欲望とともに、バイブレーターが抜け落ちてきた。
欲望の糸
「ドライカレー、レタス、チキンで何が浮かぶ?」
顔を合わせてからずっと甘く潤んでいた貴女の眼差しが、きょとんとした可愛い表情になった。
「え、何がって・・」
私は意地悪をするように、黙って微笑んでおく。
「それ、美味しそうってこととか?」
「それでもいいけど、例えば真っ白な磁器の深めの器に、瑞々しいレタスを敷いて、その上にライスを盛って良く煮詰めたドライカレーをかける。チキンは胸肉を塩焼きにして数切れを添える・・とか、浮かばない?」
貴女の目がキラキラしている。
「それにする」
「え・・メニューにはないよ。カフェ系ご飯だもの」
銀座「ダズル」は巨大な円錐を逆さにしたようなセラーに3000本のワインがイルミネートされて、フロアを圧倒していた。
高価なボトルにその煌めいた環境が優しいとは思えないが、きっとリストにある数十万もするワインは飾られてはいないだろう。
「トマト・スライスも添えたら彩りもいいわよね」
「スライス・トマトもここには無いと思うけど、食べたくなってきた」
目の前にスズキのポワレがフォアグラに載せられて、ローズマリーのソースを添えて出てきた。
「わあ、これも美味しそう」
私は、塩焼きチキンには黒胡椒か、あるいはトマトピューレかなどと浮気しながら、目の前の皿にナイフを入れた。
「あれっ。でも、なんでそんな話をしたの?」
濡れた唇を動かしながら貴女が尋ねる。私はシャンパンを一口飲んだ。
「次の質問がしたかったから」
「どんな?」
サービス・スタッフがシャンパンを注いでくれた。
「赤いリボン、バラ色の口紅、白い箱」
「嬉しい。プレゼントね、ありがとう」
「他には?」
「え?他って・・」
貴女はシャンパンを唇に運ぶ。
「その手首と足首を赤いリボンで縛って、唇にルージュを私が塗ってあげてから、白い箱に裸の貴女を入れる」
下唇を軽く噛んでから、テーブルにグラスを戻した。
「手は後ろね。箱の中で横向きなの?膝は曲げてもいいの?」
「そうだね。手は後ろ。ヒールは履いたまま。膝は、曲げてもいいよ。腰を撫でてあげるから」
「それだけ?」
「もっとして欲しい?」
「ふふ・・」
細い指がシャンパングラスを撫でる。
「じゃあ、これは」
「面接試験みたいね」
「キス、指、私」
貴女の視線が食べかけの料理に落ちる。
「イメージが浮かんだ?」
「もう・・いじわる」
「膝、少しだけ開いてみて」
小さく頷いてから、椅子に座り直すように腰を少し動かして顔を上げた。
「私もイメージしたよ」
「・・何が浮かんだの?」
「花びら、透明な糸、蜜の香り」
事の終わり
時間の流れまでも変わってしまうことを彼に教えられた。
流れが滞るのでも、早くなるのでもない。時間そのものが「流れる」という束縛から自由になってしまう。自由になるのは、時間だけではない。感覚が理性から浮き上がってしまう。
震え続けるのが本来のように子宮が固くなったまま、小刻みな震動とウネリのような収縮を繰り返す。腰の奥のその部分が、私の五感を支配し始める。そして、理性の支配から解き放たれてしまう。
「ここも感じる・・でしょ」
ベッドに横向きになったまま、背後から抱き寄せる彼の指が私の右肩で螺旋を描いた。
「い・・ぅ、だめ」
感じないはずの場所が、感じてしまう。それも触覚の全てが快感に翻訳されてしまう。全ての神経が分岐点か何かで、すっかり性的な快感の中枢へと繋ぎ変えられたみたいだった。
彼の爪が肩の張り詰めた皮膚を撫でると、直結するように子宮が反応して、快感を脳へと走らせる。
「だから・・だめ、そんな」
膝が伸びて脚に力が入ってしまう。つま先が反って、それを合図に条件反射のように体が強張る。そのまま逝ってしまいそう。
「右半分に鳥肌。乳首までこんなに・・なって」
耳元で彼の声がする。肩に触れたまま、耳を甘く噛まれた。
「ひ・・ああああ」
全身が震えた。私、おかしくなってる。小さく逝ってしまった。
「ね、感じやすでしょ」
言葉と同時に彼の指が動く。肌を撫で下ろして、痛いほど尖った乳房の先を掠める。声を上げる間もなく、粘液が溢れでている場所を確かめられた。
一気に意識が霞んで、快楽の淵へと堕ちてしまう。ああ、トロける。
「あぁ・・また」
「また、何」
彼の指先が深くなり力が加わる。子宮が悦んだみたいに大きく弾んだ。
「い・・い、逝く」
「もっと逝って、何度でも。もっと深く」
時間が消える。そう、流れから離れて、時間という次元が消えてしまう。ただ、快感が私を支配する。快感という液体の中で漂うだけになる。
胸元を厚手のバスローブで覆われて、額にキスで意識が戻った。どこかに消えていた時間が、また流れ始める。
映像の記憶がない。感覚の記憶がランダムに残っている。肌の震え、乳首の疼き、腰のわななき、子宮の痙攣、喉から吐き出された嗚咽と悦楽。
頬に触れると濡れていた。また泣いたんだ。
「気持ちイイと全部、漏らしちゃうんだね」
彼が笑う。慌てて腰をひねって、シーツを確かめた。手のひらが冷たい。
恥ずかしさに腰が竦んだ。すぐに子宮が反応して、花びらから彼がとろりと溢れでた。また射精してくれたんだ。
思わず彼の首に手を回して、顔を見つめた。妙に嬉しい自分がいる。キスをした。二回、三回、四回、もっと。
「なんだか、タイムマシンみたい」
「え?」
「時間という順序から自由になる感じ」
「ん・・それ嬉しいってことかな」
「そう、もちろん、そうよ」
「よく分からないけど、嬉しいならそれが一番」
今度が深いキスをした。舌を絡めた。彼に吸われると腰が疼く。
私は彼の部分に手を伸ばした。熱を吐き出して穏やかになったその部分に指を絡めて、願うように欲望を口にした。
「ねえ、これ・・欲しい。もっと欲しい」
彼が困ったような呆れたような顔をした。
「もっと入れて、中に」
自分の言葉が子宮に響いた。
尽きそうもない熱が私を溶かし続ける。終わりのない欲望が時間を消してしまう。彼が腰を仰向けにした。私は絡めた指に顔を寄せて唇を開く。
彼の部分を見つめながら心で呟いた・・美味しそう。また、彼の名残がとろりと腰から溢れた。もっと、ずっと終わらない。だって、時間が消えるんだもの。