空中楼閣*R25

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温室の花

 広がった水田の真ん中にポツンの高台になった場所があって、そこには崩れかけた廃屋と骨だけになった温室があった。

 まだ温室にガラスが無事だった時には、田んぼに水が張られる時期には、まるで海原の孤島のようで、そこが二人にとっての秘密の楽園だった。

 孤島には桜の古木があった。二人は腰を絡ませたまま、蒸せかえるような温室の中から半透明のガラス越しに桜を見上げた。眩しさに目を細めると花びらは薄い影となって光を乱した。

生殖器だよね」

 不意の言葉に貴女はただ潤んだ視線を私に向けるだけだった。

「花って、性器を剥き出しにしてるんだよね」

 私はわざとその単語を使った。大きく膝を開いている貴女のその部分が、硬くなっている私の下でビクンと動く。同時に唇を緩めて、頬をまた上気させた貴女を見つめながら、互いの熱く濡れた部分を押し付け合ったまま、ゆっくりと上下に擦り合わせた。

「ほら、蜜の音。貴女の音がする」

 祖父が造った温室は、長いあいだ手入れもされてなかった。あちこちに葉だけになった洋蘭の鉢やら、観葉植物だとかがあった。茂った葉の間から、唐突に熱帯の鮮やかで淫靡な花が咲いたりもした。

 チランジアだかがあって冬の日にいきなり妖艶な紫を大きな葉っぱのような部分から咲かせたりした。まるで貴女の亀裂から顔を覗かせる花びらのようだった。

 今は、同じ種族のアナナスの紅い花が刺々しさを満開にして、開いていた。どれもこれも鮮やかで毒々しい生殖器だった。

 三月とはいえ暖房と日当りが重なって、温室は蒸すように暑い。先ほどまで貴女の声が響き渡り、それがガラス窓に遮られたままこの空気に中にいつまで木霊しているようだった。二人の汗と性の匂いに満ちていた。

 ここで初めて交わった夏の終わりの夜。真っ暗な闇が訪れた頃になって、急にとても良い香りに包まれた。それが貴女の花びらの香りではなく、夜来香の花の匂いだと気が付いたのは、朝になってからだった。

「どこかにナイトジャスミンがあるのね」

 その時、貴女は温室の南隅に設えたベッドの上でそう言った。

「イエラシシャン、だよね。夜来香」
「どう違うの?」
「同じかな。どう違うんだろう」

 それから二人は裸のままで、温室の反対側にある小部屋まで行って、分厚い植物図鑑を取り出した。

 夜来香と夜香木はとても似ているけれど、別の植物だった。そしてナイトジャスミンは夜香木の別名だった。

「この匂いはどっちなんだろう」

 二人は全裸のままで香りの主を探しまわった。探し回りながら抱き合ってはキスをして、またベッドに戻って交わった。

 結局、香りの主は探し出せずに、冬を迎えてしまった。

 三月の陽射しの中、二人の粘膜が溶け始めた。私は貴女の中に埋もれたくなっていく。またあの香りがしたら、今度こそ見つけ出そう。ナイトジャスミンという名前も素敵だけど、できれば、夜来香のほうがいいなと思う。

 何故なら、夜来香はツルを持つ。貴女の肌に這わせて、そして交わりたいと思ったから。きっと温室は蕩けるような香りに満ちる。

 背中を反らしていく貴女の乳房を桜の花びらが影となって過った。夏を待つ前に、桜が散り始めたらあの木の下で・・したい。

 あの頃、秘密の楽園は次々と私を楽しくさせてくれた。

 すっかり暮れて来た。隣りの水田まで埋め立てが進んでいる。もうすぐ、あの温室も消えてしまう。新しい四車線道路を私はどんな思いで車を飛ばすのだろうか。

 今年も桜が花をつけた。貴女は、今も咲いていますよね。