空中楼閣*R25

*リンク先が不適切な場合があります。ご容赦を*

ファースト・ブレイク

 オフィスの鍵を開けると冷蔵庫の中のように冷えきっている。暖房のスイッチを入れてから、コートとマフラーのままでパソコンを立ち上げる。

 例えば、貴女からの朝のメールには音楽サイトのリンクが張ってあって、通勤する貴女の耳元と私のオフィスで同じ曲が流れ出す。

 あるいは、今朝も貴女はお気に入りのベーグルだったろうかと思いながら、貴女から届けられた特別なブレンドを二杯分セットして、珈琲メーカーのスイッチを入れる。

「ブレックファーストっていうのは、一日の最初に断食を破るって意味だって、中学生のときに英語で習ったわ」
「ブレイク・ファーストってことだね。じゃあ、朝一番のキスもそういうことかな」
「ふふ・・私、飢えてるかも」

 そんな他愛もない会話を思い出しながら、ゆっくりと仕事の準備を整える。

 あれは、あのホテルの乱れたシーツにくるまったまま、甘く目覚めた遅い朝だったはず。いや、待てよ。寝過ごして慌てて飛び起き、私だけ準備を終えて、部屋のドアのところで裸の貴女とキスをしながら交わした朝の会話だったかな。

 いずれにしても甘い記憶でゆっくりとモチベーションを高めて、淹れたての珈琲を一口、含んだ。

 部屋がようやく温まったり始めた頃に、クローゼットを扉を開くと、閉じ込められていた冷たいままの空気が私を襲う。少し身震いをして、コートとマフラーを脱いでハンガーにかけた。

 熱くなったカップを手のひらにおさめて、珈琲をまた一口すする。

 日々に疲れ切ってしまうと、私はこうやって貴女との記憶から力を貰う。とびっきり甘く、特別なシーンを思い起こして、少しずつ自分を満たす。

 もう一度、朝の眩しさの中、二人の匂いに満ちた部屋で貴女と深く交わりたい。一日の始まりのファースト・ブレイクを、貴女としたい。