空中楼閣*R25

*リンク先が不適切な場合があります。ご容赦を*

アフタヌーン・ランチ

 エチケットの権威といわれるエミリー・ポスト夫人に因れば、「有閑マダム」を穏やかな非難を込めて「ランチする女」と呼んだらしい。

 何故、「穏やかな非難」なのかと言えば、ランチはもともと小腹が空いた女性が自分達のために女性同士で摘むような軽食のことだったらしい。

 上流階級の男達は朝が遅いので、遅めの昼の時間にディナーのコースを食べ、夕食に客を招く食事をサパーと称した。労働階級の男達は、仕事の休憩の酒と軽食としてランチを食べた。

 一部の女達は、ランチの席に時に同数の男を招いたことから、「穏やかな非難」を含む言葉として「ランチする女」すなわち「レディーズ・フー・ランチ」と言われるようになった。

 つまり、男達がディナーや休憩の一杯をする間に、別の男「を」ランチするという穏やかな非難が含まれていた、ということか。

 そういえば、彼が言っていた。「食欲の中枢と性欲の中枢は、脳の近いところにある。特に女性の脳では、互いを混同してしまうほどに近い」と。

 だから・・

「セックスの前には女性を満腹にしてはいけないんだ。美味しいものを少し足りないくらいに。それに、少量のアルコールは空腹感を増すからね」

 あの日、私はランチのパスタをフォークに巻き付けたまま、「ふうぅん」と彼の目の奥を覗き込んだ。

 彼は、少し気まずそうに私と私の唇から視線を外してシャンパンを舐めた。

 綺麗なフルートグラスの底から細かな気泡が二連をなして絡み合っていた。まるで、セックスしているみたいに。

 パスタは、帽子を裏返したようなミルク色の皿のお行儀の良い感じの窪みに、こじんまりと埋もれていた。そう、すこし足りないくらいの量で。

「美味しいわ、これ」

 はっきりとした口調で彼の視線を取り戻してから、ワザとらしく赤いソースに濡れた下唇に噛むようにして舐めた。

「もっと食べたい・・かも」

 彼のグラスに手を伸ばして、シャンパンを飲み干した。

 唇を見つめていた彼が微かに驚いた表情をして、それから微笑んだ。きっと考えてる。店を出たあとのセックスへの道筋と、私のスカートの中身のこと。

 今日は買ったばかりの黒いショーツよ、とでも耳元で教えてあげたいくらい。

「ねえ、初めての女性ってどんな感じ?」

 私は膝を組み替える。

「ええ・・ど、どんなって」
「初対面で並んで食事するって・・緊張しそうだけど」
「ああ、食事ね」

 そう、食事よ。私は昼下がりにランチを食べる女だもの。