クリームチーズと林檎色
久しぶりの雨の日。生暖かいような、肌寒いような、曖昧な湿り気を帯びた空気の中にいる。
「レア・チーズケーキが好きだよ。アップル・パイも好きだけどね」
紅茶を口元に運びながら、何気なく貴女に呟いた自分の言葉を思い出した。
「愛しては、いないのよね」
不意打ちのように貴女が続ける。
「あなたの好きは、レアチーズとかパイとかと一緒なのよね・・私への好きも」
私は曖昧な感情を説明するときに、食べ物に例える癖がある。
何故って、言い訳のない無条件に素直な感情を説明するのに、一番、判り易いのが食べ物の好みだと思っているから。
その好き嫌いに理由はないし、誤摩化しも効かない。それに、性的な事と違って、大手を振って話せるし、大方の人には食べ物の好き嫌いの感覚は大差なく共有できる。
が・・誤解を招く。貴女のように。
「ケーキやパイと一緒になんかして欲しくないわ」
もっともな話だ。
でも、私が言いたかったのは、そんな事ではない。貴女を食べ物と同列だなんて思ってもいない。確かに、貴女を頬張ると、それはとても美味しいんだけど。
「一緒にはしていないよ。ただ、言いたかったのは・・」
大好きなレア・チーズケーキでも、アップル・パイでも、何でも良いというわけではなくて、チーズのレア具合とか、滑らかさとか、柑橘類の風味の程度とか、いろいろあるんだ。
アップル・パイだって、パイ皮の表面のバターの甘みと、甘過ぎない林檎とその量とシナモンの効かせ具合だって、違うんだ。
そう、何でも良いわけでないし、大好きで美味しいものには滅多に出逢えない、って言いたかったんだけどね。でも・・
「私は、チーズでも林檎でもないわ。失礼ね」
そうか「好き」て言葉はいけないんだ。「好き」でなくて「愛してる」じゃなくてはダメみたいだ。
「違うよ。食べ物じゃなくて、貴女を愛してるだから」
そう言って、拗ねてる赤い唇にキスをした。
でも・・お気に入りのレア・チーズケーキも、あの店のアップル・パイも愛してるんだけれど。
ああそうだ。
貴女がアップル・パイを作ってくれて、口移しで食べさせてくれたなら、きっと貴女のパイが一番になる。貴女のレア・チーズケーキもね。