あの人は
雨に音が吸い込まれてしまったみたいだった。降り注ぐ雨自体の音も、吸い込まれてしまった。
朝だというのに、自分以外には存在が居ないかのように静かだった。私自身の存在すら定かではないくらいに、静かだった。
鼓動の音。耳を澄ましても、それも上手く聞こえない。
耳を澄ます自分が曖昧な存在なら、そこに生きている響きがあったとしても聴く事は出来ない。つまり、そういう事なのだ。
あの人は、そこに居なさいと言う。ただ、黙ってソコに居れば良いのだと。
だから私は箱の底に横たわり、息も消えるくらいに眠り、そして目覚めた。朝だった。雨の朝だった。
「おはよう」
あの人の声がした。多分、彼の声がした。彼の手が私の肌に触れて、唇が重なる。彼の手に触れられて私は肌をまとい、キスを受けて呼吸を始める。
「可愛いね、お人形みたいに」
私、人形なんだ。彼の人形なんだ。彼に触れられて肌を感じ、キスされて息が叶う。
導かれるままに腰を開き、誘われるままに吐息を漏らす。
「はしたないね。朝から濡れてる」
舌を強く吸われて、子宮が目覚める。箱の外の世界から光だけが届く場所で、私は彼の人形になる。
静寂の雨の朝。私は箱の底で呼吸を始める。