抑制習慣
何一つ、欲しがる事は無かった。例え、外出先で喉がどんなに渇き、歩くことに疲れていたとしても、飲み物や休息を欲しいと言った事はなかった。
与えられた物と与えられた時間と空間の中で自分を満足させて来た。他の子供の持ち物を羨ましがることもなく、欲しいとも思わなくなっていた。
いつも自分の要求を抑制していた。そんな子供だった。
電車ではいつも立っていた。座ったとしても背後の車窓を眺めることはなかった。何が欲しいかと聞かれても、答えることは出来なかった。だから「今、欲しいものはない」といつも返事をした。
一度だけ「嫌だ」と言ったとき、母は腰を抜かさんばかりに驚いた。私が産まれて初めて「ノー」と言ったのだ。
級友に冷やかされ続けた「クマのアップリケ」の手提げが破けて、新たなクマに新調されたときだった。その時だけは、もう我慢ができなかった。
だが、それ以降、再び「ノー」は封印された。私が自分の飯を自分の稼ぎで喰えるようになるまで。
思えば「一人遊び」が好きだった。友達は「白昼夢」だった。
そして今、もう一人の人格を創り上げた。彼は、私が蓄えて来た欲望そものもになった。「白昼夢」では、我慢できなくなったから。