空中楼閣*R25

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巣ごもり

 久しぶりに、お気に入りの蕎麦屋で遅い昼をとった。

 けっして洒落た店でも、有名店でもない。二階建てビルの一階にある奥まった事務所のような入り口は入店する意欲もそいでしまう感じの造りだ。

 外観の無愛想さとは裏腹に店の居心地は良い。なにしろ空いている。おまけに二階の座敷には六卓もある。一階に誰一人、客が居なくても、心良く二階を使わせてくれる。

 昼下がりの蕎麦屋の二階というだけで、なんとなくエロチックな感じがする。実際、上にあがるといわく在りそうなカップルの先客がいたりして、遠慮しようかと思うこともある。

 今日は、階下に先客一名だけだった。誰もいない二階の窓際に腰を落ち着ける。実は、巣ごもりが食べてみたいと思ってはいるのだが、残念なことにこの店にはない。

 ともかく洒落たものは置いていないのだ。無論、蕎麦がきとか、蕎麦の実、焼き味噌もない。白焼きなど望むべくもない。だが、蕎麦は上手い。それも量が多い。味付けも濃いが、これが癖になる。まあ、田舎の蕎麦屋なのだ。

 何にしようかと迷った。残念ながら今日は酒を飲むわけにはいかないので、あてになるオカメとか、カレー南蛮、茄子せいろは止めにした。

 天ぷら蕎麦もいいが、どうも揚げたては違和感がある。あれは、揚げ置きのほうが良い。この店は、気を効かせたというわでなく、多分、注文が少ないから揚げ置きはしていない。

 天丼にしても、天ぷら蕎麦にしても、揚げたてはどうも飯や蕎麦との相性が悪い。カラッとしたネタが居心地悪そうなのだ。揚げたてが良いのは、別皿に盛った天ざるとか、天ぷら定食のときだろう。

 揚げ置きして、油を充分に切って、しんなりと冷めた天ぷらを、注文とともにかけ汁でさっと煮直し、蕎麦や丼飯に載せてから熱々の汁やタレをかけるのが良い。

 というわけで、山菜そばに決めた。巣ごもりはないので、ウズラを落としたトロロ汁を注文して、山かけにしてみた。まあ、巣ごもりといえば、巣ごもり。

 時代劇で冷酒のあてに巣ごもりを頼むシーンがあって、以来、憧れているのだが、実際の巣ごもりは、揚げた蕎麦の鳥の巣に中心に卵を落として、野菜あんかけをかけるのだが、昔はどうだったのだろう。

 多分、揚げ蕎麦にウズラ卵を落として、蕎麦汁を張っただけのような気もするのだが。それに私はそのほうが蕎麦らしくて、色っぽいと思う。

 蕎麦は色気が無くていけない。蕎麦屋の二階は尚のこと。