クマさんの言うとおり
「突然、こんなフレーズが頭に浮かんだままで身動きしないの」
貴女から、そんなSOSが来た。別に遭難しているわけではないが、文章書きには良くあることだ。
場違いなところに現れて、すっかり腰を落ち着けてしまったクマみたいなものだ。そいつが動かないと、他の文章も出てきやしない。
「・・時間は、均等には進まない。僕はそう確信している。奴らは気分次第で、駆け足したりのんびり昼寝をしたりして僕らを惑わせるんだ。1日24時間で決まってるなんてまやかしに過ぎない・・」
なるほど、ちょっと厄介かもしれないけれど、居座ったクマに重いお尻を少しでも上げてもらおうか。
時間は規則正しくは進んでくれない。僕はそう確信している。確信するには理由があるんだ。
奴らは気まぐれに、早足になったり昼寝をしたりして、僕らを惑わせる。24時間とはいえ、同じ長さの一日なんて一度も無いんだから。
僕が確信した理由は、例えば彼女のことだ。
昨日も、急に怒り出した。僕は面食らって、戸惑いながら思い当たることを当てずっぽうに弁明しようとした。でも、寸前のところで今度は泣き出した。
「私のことなんか、全然、思ってくれてないんだから」と。
何がなんだかわからない僕は、途方に暮れた。途方に暮れるとろくな言葉が出て来ない。宥めるどころか、余計に事態を混乱させてしまう。
最近、彼女との時間を時々長く感じてしまう。以前は、こうではなかったんだ。もう、お別れの電車の時間なんだと、すごく残念だったのに。
彼女が贈ってくれた縫いぐるみに話しかけても仕方がない。それに男が縫いぐるみを相談相手にするなんて格好悪すぎる。
・・お前を話し相手にする時間のほうが、長くなっているかもしれないな・・
もちろん、彼女と話をする時間のほうが長いのだけれど、縫いぐるみに話かける時間のほうが、心が解れているからか「ほっ」としてしまう。同じ長さでも、時間の色合いが違うみたいだ。
彼女、僕との時間をどう感じてるのかな。長くつまらなくなってるのだろうか。それとも短くわくわくしてくれているのだろうか。本当は、長くてゆったりしてるのがいいんだと思うのだ。
そういう時期なのかもしれない。二人の間の時間がゆったりと流れ始めるような時なのかもしれない。
それにしても、彼女のご立腹の理由はなんだろう。本当に、どう思っているのだろう。ちゃんと尋ねなくちゃいけないのかな。でも、尋ねると、それはそれで、もっと彼女を不機嫌にするかもしれない。
「そんなことも分らないの。そうよね。私ってそんな程度にしか想われてないのよね」
・・なあ、答を教えてくれよ・・と、クマに聞いた。
クマの黒い目がきらきらと光った。
そうか、そうだった。答を探すんじゃなくて、君に話すように彼女に話せばいい。君にするように手で触れて、まっすぐに目を見つめて・・クマさんの言うとおり。