マリモの時間
生まれ変わるとしたら見晴らしの良い稜線に生える大きな木になりたい、と貴女の書き送ったのは、もう随分と昔のことのような気がする。
「ねえ、マリモって『生き物ですから大切に』って容器に書いてあるけど、本当かな。嘘だよね」
と小瓶の中で大小二個の緑色を揺らしながら、貴女が言った。
「れっきとして植物だよ。だから生き物」
摘み上げた瓶を貴女が乱暴に振ったので、マリモは小さな白い砂利と一緒になって水の中に舞い上がった。
「だって、全然、生き物らしくないじゃない。泳ぎもしないし、餌も食べないよ。植物だって花とか根っことかあるでしょ」
確かに苔玉だって根っこはある。マリモにも根っこはあるのかな。
「生き物だよ。だって死ぬもの」
「え、死ぬのかあ。じゃあ生き物だよね」
こういう時の貴女は、貴女の言葉で返事をしないと納得してくれないのだが、今回はストンと納得したようだ。少し肩透かしを喰らったようで物足りない気もしないでもない。
「そっか、死ぬんだ。死ぬなら生き物だ、うん」
マリモに話かけながら「じゃあ、お日様があるとこがいいよね。それから夜は、暗いとこ」と窓の方へ歩いていった。
「ああっ、ねえねえ」
また何か見つけたのか、マリモの小瓶を持ったまま戻ってきた。
「マリモって死んだら、次もマリモなのかな」
「それはマリモの気持ち次第でしょ」
「そっか、そうか、そうだよね。そういえば、木になりたいんだよね。今度、生まれてくる時は」
なんだ、その話ならもう何十回と話題になった。
「そうだよ。大きな木がいいな」
「私、決めた」
貴女の手の中でマリモが揺れる。
「私は、その木に咲く花になりたい」
「花かあ、すぐに花は散っちゃうよ」
ちょっと貴女を困らせてみたくなった。
「いいの。散ったら実を結ぶの。あなたの木の実になるの、素敵でしょ」
「木の実が落ちたら?」
「大丈夫よ。また花になるから。何度でもあなたの木で咲いては散るの。生まれては、死んでいく。素敵だなあ。素敵よね。マリモのお陰で、すごく良いこと思いついた」
そう言いながら、ようやくマリモを病室の窓辺に置いた。
「だからね」と急に振り向いて貴女が言った。
「早く大きくなってね。でないと、私が咲けないもの」
「ああ、判ったよ。でも、それは死んでからの話だよね」
「なんだか、わくわくするね。早く・・あ、だめよ、死なないでね」
秋の陽射しの中で、マリモの水はキラキラと揺れて青い空の色を映した。大丈夫、死んだりしないさ。