バニラ・フレーバー
「セネガルの人としちゃったの」
貴女はいつも唐突だった。それも、いつになく美味しくはいった紅茶を一口だけ飲んだ時だったりする。
「やっぱりね。でも、この前は『会ったけど何もなかった』って言ってたじゃない」
私は何でもない振りをして答えながら、傍らのパソコンで急いで「セネガル」を検索していた。
「それでね」いつものように貴女は私の質問には答えない。「最低だった。もう馬鹿みたい」
せっかくの紅茶が冷めそうだった。
モニターに、モーリタニアとギニアに挟まれたセネガルの地図が出た。ああ、パリ・ダカールラリーのゴールの国だったのか。まさか、いくらなんでも関係者じゃないだろう。
「仕方ないよ、巴里だもの。巴里で暮らすと泣けるってニューヨークの人も言ってたんだろ?」
私は受話器を手で被って紅茶を啜った。
「最近はね、忙しくすることにしたの。そうすれば、余計なこと考える暇がないから」
「でも、日本人男性に会うとお友達になっちゃうんだ」
少し意地悪を言ってみた。
「だって、巴里の秋は寒いのよ。暖かい気持ちぐらい欲しくなるわよ」
貴女は日本にいるときから、ずっとそう言っていたのだ。何もパリのせいでも、秋のせいでもないだろうに。
「私、ときめきが欲しいの」は、貴女の口癖だ。
「ねえ、それでね。以前に話したロンドン駐在の人がね」
またかよ、と私は嫌な表情をした。紅茶の香りはもう薄くなってしまっていた。
「時々、パリに行くから、一緒に過ごそうよって。ねえ、どう思う?」
やっぱりだ。日本に居るときから、貴女は全ての関係をこうして私に相談してきた。相談でないときは、顛末を報告するのだ。
「いいんじゃない。そうしたければ」
今度は受話器を被わずに、香りの衰えた紅茶をティーカップ半分ほど啜った。
「冷たいのね。いつもそうなんだから。あれ、何、飲んでるの?」
「紅茶だよ。貴女に貰ったアールグレイ」
「美味しい?」
「そうだね。なかなか美味しい」
冷めたけどね、と声にはしないで付け足した。
「私達って変な関係よね。夫も家族も両親も知らない私の全てを知っているのは、この世であなただけだもの」
「たしかに妙な関係だね」
「でも、私はあなたの事を知らないのよね」
カップの底で冷たくなった紅茶を飲み干した。
「うん。だから続くんだよ」
「教えてくれてもいいのに」
「いいよ。その代わりに、もう他の人には会わないなら」
「考えとくわ。で、ロンドンの人、どう思う?」
さて、もう一杯、紅茶をいれよう。