空中楼閣*R25

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受粉する卵子

「植物って生殖器を剥き出しにしてるのね」

 草花展の静かな空間に、貴女の声は透き通りすぎる。隣りの作品を眺めていた二十代の女性が視線を泳がせた。

「虫を呼ぶために花を咲かせるのだから、目的には適ってるよ」

 コツンとハイヒールを小さく鳴らして、次の花器の前に進んだ貴女は、オレンジ色のラナンキュラスを指差した。

「こんな十二単みたいな花びらの中に潜り込むのは大変よ」

 確かに、花びらがキャベツみたいに見事に巻いてる。

「百合なんかは、すんなり蜜にありつけそうよね」
「ああ、そうだね」
「蜜に誘われている間に、受粉するのよね。あ、でも自家受精ってわけよね」
「そうでもないさ。花粉を付けたまま、他の花の蜜も吸うのだから」

 立ち止まって話をする背後を、先ほどの女性が通り過ごして、次の花器の前に進んだ。

「でも、いいわね。他の人に蜜を吸われながら、セックスを手伝ってもらうのよ」

 どうも貴女の声は響き過ぎる。追い越した女性が聞き耳を立てる気配がした。

「何で、それが良いわけ?」
「だって、とっても淫らじゃない。そうでしょ。しかも他の花とも受粉して」

 それではまるで乱交みたいだな、と言い出しそうになって、ちらりと女性の気配を気にした。

 隣りの花器に生けられた振袖柳の花芽は、赤い皮が破けて筆先のような白い毛が顔を出している。どうも、植物の花芽はエロチックなようだ。

「植物は、他の花に嫉妬したりしないだなあ」
「ふふ、そうよね。我れ先に受精したいのよね。なるべく沢山と」
「受精でなくて、受粉でしょ」

 貴女のヒールがコツンと音を立てる。隣りの女性も次の蘭を生けた作品へと移動する。

「だって公孫樹には精子があるのよ。受精でいいじゃない」
「ああ、そうなのか・・な」
「ねえ、あなたは虫になりたい、それとも雄しべがいい?」

 珊瑚色をした蘭の花を眺めていた女性の動作が静止する。なんとも、意地悪な質問だった。どうして、こんな場所でそんなことを貴女は訊ねるのだろう。

「虫が良いなあ。自由に飛べるからね」
「花から花へと、蜜を探すのね」

 若い女性が微かに笑った気がした。私は気恥ずかしくなって、二、三歩、後ずさりした。

 貴女はくるりと私の方を向くと、擦り寄るようにして腕を絡ませ、その女性の後ろ姿に目配せをしながら耳元で囁いた。

「彼女の蜜、吸いたいでしょ」

 私は思わず彼女の腰を包む上品は白いスカートに視線を這わせてしまう。

「また、悪い癖だ」
「いいじゃない。私も触れてみたいもの。違う雌しべに」

 生唾を飲み込みそうになるのと、押しとどめた。どうも、貴女には振り回される。

「彼女が眺めてる蘭。貴女の花びらに似てるよ」
「えっ、私のあんなに綺麗な色かしら」
「そうだよ。大きさもカタチも、そっくり」

 白いスカートの脇から蘭の花を見定めてから、貴女は私の顔をじっと見つめた。

「上手くなったわね。私の扱い方」

 そう言って、短いキスをした。静かな会場にキスの音が広がって消えた。やっぱり、振り回されている。