水曜の独り言
少しは、しっかりと書いてみようかなどという気になって来た。始めると終わりまで書かなくてはと思うのは、もう止めよう。自分のために書くのだから。題名は、そうだな。題名はなしでいいか。
惑星というのは、惑う星という意味だろうか。確か、そんな記憶がある。とりあえず「青い惑星の夜」とでも名付けようか。それくらいが、良いだろう。
仮題「青い惑星の夜」
午後十時過ぎ、西の空に沈もうとする大粒な月を、追いかけるように星が一つ瞬いていた。
「あの星、何て言うの?」
貴女は、私の左腕に顔を寄せたまま、絡み付かせた両手に力を込めた。
「・・あ」
返事のかわりに、私が指を動かしたのだ。
「金星みたいに光って・・る」
「金星は太陽を追いかけるんだよ。あれは多分、木星かな」
「へえ、そう・・あ、なの。あん、もう」
指を動かす私の腕に貴女が爪を立てた。
私はずっとフロントガラスの向こうに広がる夜を眺めていた。それなのに、最初に月と星のことを口にしたのは貴女だった。人は目に写る全てなんて、到底、見てはいないのだ。
私は夜ばかりを見ていた。だから貴女に言われるまで、真正面の空に浮かんでいた月と、それを追いかけるような星に気づかなかった。もちろん、見ようとすれば、見えてはいたのだが。
私の指が締めつけられた。
「あん・・ねえ、私ね」
住宅地と河原の境界にある市営の駐車場に車を停めてから、左手の中指は、夜を見つめていたのと同じぐらいずっと貴女の中にあった。そして、ついさっきまで、ずっと黙っていた。
「どうした?」
「あ・・ねえ、指、ふやけちゃうわよ」
もう多分、長湯した子供の指みたいに白くふやけている。
「そうじゃなくて。私ね、の続きだよ」
「・・ん、あん」
そうやって、時々、私は指をゆっくり曲げたり、押し付けたりしていた。
「あの星は、月には追いつかないわよね」
「そうだね。追いつかせたいの?」
「うんん、違うの。あの距離のままが・・あん、いいなあって」
落ちていく十日目の月と後追いする小さな白い星との距離が、大事な意味を持っているかのように見えた。
私は視線を夜から助手席の貴女に移した。身体を捩って右手で貴女の頬に触れ、軽く上を向かせた。
唇を触れ合わせた。身体を寄せた分だけ、埋めていた指が深くなった。
「さっきの続きは?私ねの、続き」
じっと貴女の黒く光る瞳を見つめた。真正面からの月の光で瞳が透けて、黒い瞳の周囲に、透明な膜で包まれた茶色の輪が浮かんでいた。
貴女の唇はキスで綻んだままだった。私は指を折り曲げた。
「あ・・うぅ」
眼差しが潤んだ。
「続きは?」
「ああっ・・だめ」
シートから貴女が少しだけずり落ちて、二人の眼差しの距離が少しだけ遠ざかった。(・・続く)