空中楼閣*R25

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水曜の独り言


 少しは、しっかりと書いてみようかなどという気になって来た。始めると終わりまで書かなくてはと思うのは、もう止めよう。自分のために書くのだから。題名は、そうだな。題名はなしでいいか。

 惑星というのは、惑う星という意味だろうか。確か、そんな記憶がある。とりあえず「青い惑星の夜」とでも名付けようか。それくらいが、良いだろう。



仮題「青い惑星の夜」


 午後十時過ぎ、西の空に沈もうとする大粒な月を、追いかけるように星が一つ瞬いていた。

「あの星、何て言うの?」

 貴女は、私の左腕に顔を寄せたまま、絡み付かせた両手に力を込めた。

「・・あ」

 返事のかわりに、私が指を動かしたのだ。

「金星みたいに光って・・る」
「金星は太陽を追いかけるんだよ。あれは多分、木星かな」
「へえ、そう・・あ、なの。あん、もう」

 指を動かす私の腕に貴女が爪を立てた。

 私はずっとフロントガラスの向こうに広がる夜を眺めていた。それなのに、最初に月と星のことを口にしたのは貴女だった。人は目に写る全てなんて、到底、見てはいないのだ。

 私は夜ばかりを見ていた。だから貴女に言われるまで、真正面の空に浮かんでいた月と、それを追いかけるような星に気づかなかった。もちろん、見ようとすれば、見えてはいたのだが。

 私の指が締めつけられた。

「あん・・ねえ、私ね」

 住宅地と河原の境界にある市営の駐車場に車を停めてから、左手の中指は、夜を見つめていたのと同じぐらいずっと貴女の中にあった。そして、ついさっきまで、ずっと黙っていた。

「どうした?」
「あ・・ねえ、指、ふやけちゃうわよ」

 もう多分、長湯した子供の指みたいに白くふやけている。

「そうじゃなくて。私ね、の続きだよ」
「・・ん、あん」

 そうやって、時々、私は指をゆっくり曲げたり、押し付けたりしていた。

「あの星は、月には追いつかないわよね」
「そうだね。追いつかせたいの?」
「うんん、違うの。あの距離のままが・・あん、いいなあって」

 落ちていく十日目の月と後追いする小さな白い星との距離が、大事な意味を持っているかのように見えた。

 私は視線を夜から助手席の貴女に移した。身体を捩って右手で貴女の頬に触れ、軽く上を向かせた。

 唇を触れ合わせた。身体を寄せた分だけ、埋めていた指が深くなった。

「さっきの続きは?私ねの、続き」

 じっと貴女の黒く光る瞳を見つめた。真正面からの月の光で瞳が透けて、黒い瞳の周囲に、透明な膜で包まれた茶色の輪が浮かんでいた。

 貴女の唇はキスで綻んだままだった。私は指を折り曲げた。

「あ・・うぅ」

 眼差しが潤んだ。

「続きは?」
「ああっ・・だめ」

 シートから貴女が少しだけずり落ちて、二人の眼差しの距離が少しだけ遠ざかった。(・・続く)