春蘭花銘鑑
声にして読んでみて、と彼が言う。
「春蘭。直立した花茎はやや肉質で、膜のような鞘状の葉で覆われている。花弁はやや短く・・」
「似てるでしょ。貴女の、と」
耳元で心地よい声、それだけで腰が甘い。
「唇・・唇弁は真ん中に溝があり、左右に薄紅色の斑点がホクロ・・のようにある」
「ほら、ホクロまで似てる」
意識が霞む。彼の指先が、多分、ホクロに触れた。花びらのすぐ脇にあるホクロ。私も知らない、彼だけが知っているホクロ。
「あ・・ぅ。だめ、読めなくなる」
「ちゃんと続けて」
邪魔している癖に、そういうところが好き。
「雄しべと雌しべが合体した・・ずい柱が見える」
「蘭って、性器が溶け合って、一つになってしまってるんだよね」
ああ、素敵かもしれない。そこがずっと一緒になっているなんて。
「日本・・春・・日本春蘭では、花形より・・あ、だめ・・花い・・ろ」
「ほら、きちんと読まなくちゃ」
彼の指が私を拡げては、爪先を上下に滑らせる。その折り返しの頂点で突き刺さるような快感が走り、もう一方の折り返しでは、その指を含みたくて追いすがってしまう。
「は・・な・・い。うう・・」
意識を視線にどうにか戻すと、その都度、快感の波に腰を揺らされる。
「は、花形より花色を重視する傾向が・・あ・・強い・・その場合に。うう」
「綺麗な花色だよ。花びらの縁が杏色で、中程が紅色、奥にいくほど乳白色に緋色が滲んで」
覗き込むようにしている彼の吐息を感じる。恥ずかしさに文字を追えない。
「でも、このカタチがいいんだなあ。ふっくらとして」
まるで蘭の花でも愛でているように、散らさぬように指先で触れられる。それが焦れて仕方ない。
「その場合・・にも花形がとと・・整っていることは名花の条件で・・はある」
「そうなんだよね。色とカタチが素敵だよ」
表面だけと撫でられると、奥のほうが欲しくなる。
「雪月花、女・・雛、万寿・・ああ、読めない、ねえ、うう・・べに・・紅桜などという登録種がある」
何とか読み終えた。終えると同時に彼の髪を両手で探った。彼は、私の動きなど気に留めないかのように、花びらの品評を続ける。
「そうだねえ。貴女の花も登録しないと他の人に取られそうだね」
ああ、もう充分に独り占めされて縛られてるのに。
「ふっくらと白い肌から割れて咲いている紅色だからね。蜜もすぐに流れでてくる。そうだね、貴女の花びら、桃割と名付けようね」
もうそんな事より、早く、欲しい。