空中楼閣*R25

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シュレッダーと学生保険

 開業以来の個人データーが7000は超えている。二回以上訪れる人もいるのだから、少なくとも一万枚ほどの個人データーの用紙が溜まっていることになる。

 先月から、その裁断を始めた。ところが、これまた開業以来の小さなシュレッダーで処理を始めたので、少しもすすまない。一度に三枚、連続五分という能力では仕方ない。なにしろ、開業当時に一番安いのを買ったのだ。

 それでも、何となく裁断作業も楽しくなっていく。時々、違うものまで粉々にしたくなる衝動にも駆られた。

 先週末、ついに思い立って、家電店で一番大きなシュレッダーを購入した。一度に18枚、連続30分と性能も違えば、値段も違う。本体の重さだって17キロある。

 昨日は、時間を見つけては裁断をした。山積みだった書類を適当な束にして放り込めば、貪欲な生き物みたいにムシャムシャと食べてくれた。これは面白い。

 一日で、45リットルのゴム袋が4袋出来上がった。処理すべきものは全部、裁断された。快適である。それだけでない。なんとなく肩や背中の強ばりも抜けた気がした。

 ストレスを感じない単純作業もたまには良い物だと思ったが、どうもそれだけではない。

 書類が無くなると、何かないかと次を探していた。後でも良いような紙束を見つけて、それを放り込んだ。数分もかからずに100枚が消えた。

 昔、どこかで皿やグラスを投げつけてストレスを解消するというバーの記事を読んだことがある。

 確かに割れものを投げつけたくなる時もあるが、どうもしっくりしない。粉々の残骸が目に見えると、それが自分の醜さのような気がしてしまうからだ。私には向いてない。

 その点、シュレッダーは良い。残骸はゴミ箱の中には出来るが飛び散るわけではない。まるで、目の前から不要なものが消えて行く錯覚を味わえる。

 これは気持ち良い。裁断されながら、片付けがすすむ。欲望と大義名分が一緒になっている感じが、いかにも自分に向いている。

 いっそ、高性能器機をずらりと並べたシュッレッダー・バーでも創ろうかと思ってしまった。厄介な書類をどんどん食べて、消してくれそうだ。

「シュッレッダーはいいよね。もしかして、過去まで裁断したいのかな?」

 不用なものは、過去ではない。過去を消したら、私は存在しなくなる。それよりも、自分を取り巻いている束縛、食べるための仕事、逃れようのない苦役。そんなものを全部、裁断してゴミ袋に始末したい。

 息子が学生保険の振込を持って来た。申込みを書いていると、不思議そうに話しかけてくる。

「そんなの入るの?」
「私が明日にでも死んだら、学費に困るだろ」

 ギョッとした顔をして息子は言葉を失ったような顔をしていた。少し脅かし過ぎかもしれないが、明日などは判らない。

 明日が判らないから、毎日、明日に備えてすべき事をする。それは仕事だったり、遊びだったり、シュレッダーだったりする。

 今日はツマラナイ、何故ならシュレッダーに食べさせる書類がない。日々の稼ぎをシュレッダーに放り込みたくなったりもするのだが。さすがに紙幣を裁断する勇気はない。

 「ライス」ワークには飽きてきたらしい。ライフワークがしたい。