春の宵にはポルトガル
出会いは、ちょっとした思い込みによる勘違いだった。
随分と昔に、手術室で流していたBGMをコピーして持っていた。ただ、一曲だけ曲名を記した紙と曲順が違っていた。
コンピレーションのそのアルバムから、その奏者のオリジナルを聴きたくなって、ネットで購入した。てっきり、あの曲は、この題名だと思っていた。でも、違った。
違ったけれど、懐かしい音色のアルバムだった。流しながら春の宵をドライブしていると、ヨーロッパ映画のワンシーンに迷いこんだ気分になる。
勘違いから出会ったのは、ロドリーゴ・レアンのアヴェ・ムンディ・ルミナールというアルバムだった。
ポルトガルのキーボード奏者だそうだ。心癒され、郷愁を誘う。訪れた事もない世界に親しみを感じてしまう。
「身を投げるなら、この岬がいいな」
その断崖はユーラシア大陸の西の突端だった。ポルトガルにあるロカ岬。貴女はふらりと一人でそこを訪れた、と言っていた。
私が調べたかぎり、どのガイドブックにも載ってはいなかったけれど、自殺する人も多いのだと貴女は言った。
「でも、無粋な立て札とか、安全のための鎖とかしないところが、ヨーロッパよね」
妙な関心をしていたのを憶えている。
セピアカラーが赤く褪せてしまったようなアルバムの写真を眺めながら、ロカ岬の風に吹かれたような気がした。
死ぬなら、あの岬・・か。でも、春ではないな。春は桜の下が良い。