2==シャンパン・ボトル
薄らぐ意識の先で縦長の窓の向こうを見ていた。光を透かす木々の枝で、細かな緑が季節の風に揺れていた。
想像もしていないことは、意図もせず突然に、しかもさりげなく訪れるものだと、初めて知った。
スカートをたくし上げて、しゃがみ込んだ腰を上下させる度に、静寂の空間に淫らな粘膜と蜜の音が響き、追いかけるようにして自分の喘ぎ声が木霊した。
最初は片手で支えていたボトルを、ついには両手で抑え込んでいた。
古いヨーロッパの宮殿のような造りの店だった。木々に囲まれた一軒家のフレンチ・レストランで、私は思いもしない行為をしていた。
彼は、デザートの後のコーヒーを飲みながら、椅子に座って私を見下ろしている。何事も無いかのように、床で腰を振る私の脇をコーヒーポットを持った給仕の男性が音も無く通り過ぎる。
「ボトルの曲線って官能的だと思わないか」
食事が終わる頃、彼は低く、けれど、とても良く響く声でそう言った。彼とでなくては入れそうもなかった雰囲気の場所と、運ばれる料理の彩りと味わいに、すっかり舞い上がっていた。
シャンパン・グラスを知らぬ間に、何度も空にしていた。
この店には私達しか居ないのだろうか。彼は、この店とどういう関係なのだろうか。ともかく、二人のために数名の男性の給仕が、もてなしの食事を運んでくれた。
メインの皿を退かれた時、彼はクーラーから空のシャンパン・ボトルを持ち上げると、席を立った。テーブルを数歩で回り込んで私の脇を抜けて、椅子から少しはなれた床にボトルをコツンと置いた。
振り向いた私の視線の中で、ゆっくりとまた席まで戻ると、微笑みながらテーブルの上に片手を差しだした。
「脱いで」
「え?」
「スカートの中の下着を脱いで、この手の上に載せて欲しいな」
彼がガーターベルトで、と言った意味がその時判った。
「ここで?」
「そう、ここで」
「だって・・」
「気にしなくていい。彼らは何も見ない。嘘だと思うなら試してご覧よ」
「でも・・」
彼は微笑んだまま、差し出した手を上下に揺らした。
「嘘みたい」
そう言いながら、身を捩って背後に誰もいないのを確かめた。それから、スカートの裾を両脇で捲くって、手早くショーツに指をかけ、もう一度、背後を確かめてから腰を浮かした。
膝まで下ろした薄布を急いで足首まで下げ、ヒールをひかっけないように片足ずつ抜いた。
「ほら・・ここに」
私は手の中に握りしめたショーツを、ヒヨコかなにかを渡すみたいに、ふわりと彼の掌に置いた。
丁度、デザートが運ばれて来た。彼の手から奪おうとする私の手を避けて、彼はピンク色のショーツを使い終わったナプキンみたいにテーブルの端に置いた。
私は頬が真っ赤になった。顔を伏せて、給仕がデザートをサーブし終えるのを待った。
給仕は何事も無いかのように、自然にテーブルを整えて、デザートフォークをセットして立ち去った。
「あのボトルを跨いで、立ってごらん」
彼の言葉の意味が飲み込めなかった。訳も判らないまま、私はゆらりと椅子から立ち上がり、床からそそり立ったシャンパン・ボトルを跨いでみた。
「しゃがみなさい。その上に」
彼の言葉が高い天井に響いた。私はじっと彼の目を見つめていた。
「ボトルを包んであげなさい。貴女で」
催眠術にかかっているみたいだった。その場にゆっくり腰を落とし、両膝を突くと、片手でボトルを支えた。
剥き出しの粘膜が硬質の冷たさに触れた。そこから記憶が曖昧に蕩けだした。
膝を浮かせなさい、と言われた。もっと動きなさいと、言われた。声を出しなさい。目を閉じてはいけない、と言われた。
彼の視線、行き交う給仕達の足元、窓の外でにじむ木々。静寂の中、私だけ淫らだった。