・・零れ落ち
彼にとって、私が邪魔になってしまうなら、彼は言うだろう。
「水槽、開けてくれるかな」
私にとって彼が要らなくなったなら、私は自分で水槽を後にする。多分、彼は私を笑顔で見送ってくれる。
でも、彼が水槽を開けて欲しいといって、私は水槽に居たいと言ったなら、彼はどうするだろう。
「ねえ、この蒼い水、綺麗だよね。この水がずっと綺麗であって欲しいと思うんだ。どう思う」
そうなんだ。私もこの透明でキラキラした水が好き。だから、汚したくはない。そうね。そうなのかもしれない。汚してしまったら、私も棲みたくはなくなってしまう。
「いいわ。水槽から出て行くわ。でも、お願いがあるの。私を殺して」
きっと彼は困った顔で笑顔をつくる。
「あなたの水槽から出るのなら、私はもう今のままでは生きられないから」
「そうだね。そうだと思う」
彼の手が私の首に触れて、力が入る。その力が私には嬉しくて涙が出そう。唇が重なって、細くなった息を吸われる。舌の先が忍び込む。
唇が離れても、彼の手は離れない。
「これで良いかな。もう忘れてしまうのかな」
閉じていた目蓋を開いて、彼を見つめる。
「忘れない。埋めてしまうだけ」
彼の手の力抜けて、唇がまた重なった。
「あ・・」
沈めた自分の指を押し戻すほど、花びらから溢れ出る。
人の心は移ろうものだから、変わらないはずだと信じたりはしない。その代わりに、この現実を得体の知れない不安に怯えて疑ったりはしない。
今、私はここに棲んでいて、彼が来るのを待っている。疑う余地もなく、私がここに居るのだから、信じる必要なんてない。
ある日、彼のキスが色あせて、この水が輝きを失ってしまったら、私だって部屋を出る。
それは、彼もそうなのだ。ただ、この水槽は彼も世界だから、そのことだけが違うだけ。私は彼の世界が居心地が良い。だから、棲んでいる。
彼の水槽に漂い。彼の人形のように応じているのが、心地よい。感じるままに反応し、濡れるままに嗚咽して、無垢な生き物のように彼を受け止める。
指先を折り曲げて。膣壁を押し上げていると、腰の奥から全てが流れててしまいそうになる。掌の下で雌しべが硬く疼き出す。シンクロするように、胸の先端が痛いほど、尖ってしまう。
右手で花びらを内側から握るようにして、掌を雌しべに押し付ける。
「う・・ぅあああ」
声が響く、意識が宙に浮かぶ。思考が飛散して、快感だけが全てを貫く。そう、そうなの。彼の水槽に棲むということは、そういう事なんだ。
心地よさだけを感じれば良い。何も恥じず、何も隠さず、何を恐れず。嫉妬したければ、すればいい。それが水槽の水を濁らせてしまうなら、私が出て行けば良いのだから。
疑心が暗鬼を産むくらいなら、私は人形になって快感の海に沈んでいたい。嫉妬で汚すくらいなら、煌めく蒼い海水をただ眺めていたい。
乳首が痺れる。虐めて欲しいと硬くなる。
「可愛いね」
彼の声に飛び起きる。
「だめだよ。そのまま、続けなくちゃ」
知らぬ間に、彼が見下ろしていた。
「続けてごらん」
彼は、そう言って、少しだけ離れるとソファーに腰を下ろす。
「見ててあげるから、気持ち良くなるところ」
「・・はい」
私はそのまま横たわる。青白く浮かぶ肌に、濡れた指で銀色の糸を描きはじめる。