貴女から
「もう嫌になちゃった」
いつもより無表情なキスの後で、貴女が言った。
「与えてばかりなんだもん。私」
貴女は時々、時間の流れを間違えているのでは、と私が思ってしまうくらいに唐突な事を言い出す。だから、いつもの事かと最初は思った。
ただ先々週のキスの時間に、貴女がいつも自慰に使うという玩具を花びらに含ませてスイッチを入れたまま、私が腰を沈めた時のいつもとは違う表情が気にはなっていた。
あの時、貴女は醒めたような眼差しで、私の肩越しに天井を眺めていた。
それまで、網タイツ越しに剥き出しの雌しべから透明な蜜を流れ落ちるほども紡いで、私の指を濡らしていた。そんな状態で交われば、いつものように快感に目を細めて私に爪を立てるはずだったのに。
「そうでしょ。与えるばかりで、誰も私には与えてくれない」
誰も、というのは、私のことなのだろうか。それとも貴女の夫か、あるいは、英会話の講師をしている彼のことか。まさか、スポーツ・ジムのコーチだろうか。
貴女が私に、「いつも甘えるばかりで、重い女でしょ。嫌いになったりしないの」と尋ねてから半年も経ってないような気がする。
「そういうの、疲れちゃった」
そんな事を言いながら、貴女はフロントスリットのスカートを脱いで、あっけなく簡単に下着だけになると、冷たいシーツが敷かれたベッドに一人で潜り込んだ。
確かにあの時、私は貴女の女としての性的な反応のほうに夢中になっていた。しつこいくらいに玩具で雌しべを刺激して、何度も液体を吹き出させていた。貴女自身の心地よさ、つまり貴女という存在を意識していなかった。
「ねえ、来て。時間がないの」
なんだか、気持ちが傷んでしまった。魅惑的な匂いの貴女がベッドから誘うのに、とても意地っ張りなプライドのようなものと心というものの存在の辛さが、私を躊躇わせていた。
もう「貴女」じゃない。そんな気分だった。ふと思い出したのは、ある女性に彼と別れた理由を聞いたシーンだった。
「だって、急に彼の息を臭く感じたんだもん。だから、キスできなくなったの」
彼女自身にとっても、誰にとっても、なんの疑問の余地もない事情だった。別れる理由として、これほど真っ当な理由はないだろう。
「キスできなくなったら、もう、どうしようもないでしょ。彼にも悪いし、彼だって、面白くなくなるだろうし」
せめて「夫婦でなくて良かったね」というぐらいしか、彼女には返事が出来なかった。
「大好きだったのになあ。何故なんだろ、急にそうなったの」
きっと、記憶に片鱗すら留めたくないような理由が彼女を見舞ったのだと思う。だから、結果だけが嫌な臭いとして感覚の記憶に残ったのだろう。
で、私は貴女に何をしたんだろう。
「しないの?でも、抱いて欲しいなあ。最後に激しくしたいんだもの」
貴女の理由は何なんだろう。私が何をした、というよりも、何もしなかったから、という事だろうか。「誰も」の誰は、私も、ということなのだ。
「頂戴。最後だから」
ベッドの中で、シーツをはね除けた貴女が腕を伸ばした。黒いレースの下着を眺めながら、私はズボンのベルトを外した。
このベルトで貴女の肌に痕を残すほど打てるのなら、私は貴女を失わないのかもしれない。そんな事を思いながら、ズボンを下ろした。