白昼夢に誘われて(1)
夜気を含んだ風が頬を撫でた。その冷ややかさに目蓋を開いた時には、もう部屋の中は薄暗くなっていた。汗ばんだ首筋を手で拭うと、驚くほど濡れていた。
頭を少しだけ持ち上げて、枕代わりに敷いたタオルを引き抜いて汗を拭った。微睡みから目覚めきれない肌が敏感になっていた。
交叉していた足首を解いて身体を動かすと、その衣擦れに胸の先が甘く痺れた。
「もうこんな時間。起きなくちゃ」と独り言を言いながらも、身体が思うにまかせない。
排卵の時期はいつもこうだった。腰が微熱を帯びて、目蓋が重たくなった。まるで、蒸し暑い夏の午睡のようにその感覚は気だるく、それでいて官能を誘った。
「ふぅ・・」と息を吐いた。
一呼吸おけば起きあがれるかもしれないと思ったが、どうも意識とは裏腹に身体のほうは鉛のようになったままカウチの海に沈んでいた。
ふと脳裡に映像が浮かんだ。
どこかの電車だろうか、小豆色したシートに和服を着た自分が一人ポツンと座っていた。珍しく髪をアップに結っていた。突然、着物の裾が左右に割れて、揃えた両膝が露わになった。
いつのまにか両脇に黒い影のような男が二人座っていた。その男達の手が無造作に着物を裾を大きく拡げたのだった。覆いを失った白い足袋と白銀色の草履がとても心細く見えた。
男達の両手が自分の膝の内側にかかった。何の抵抗もなく左右に拡げて抱えられると、男達の黒っぽいスラックスの膝の上に載せられた。
手際よく男の手が背中から腰を押し出すと、拡げられた部分を突き出す格好になった。
胸が苦しくなって目を開けた。また眠りこんでしまったのだ。
蝉の声は無く、代わりに秋の虫が煩いくらいに鳴いていた。目覚めた時の甘い痺れはこの夢のせいだったのかもしれない、と貴女は思った。
でも、どんな夢だったのだろう。あらためて思い返そうとしても、記憶は白く滲んでしまっていた。「欲情」という文字が浮かんだ。排卵になるとどうしようもなく欲しくなるのは、微熱と眠気のせいだけではない気がした。
この時期になると、自分の腰の奥深くで何かが蠢くような感じがする。それは閉じ込められるほどに反抗心を燃やして、意地悪く欲望を焚きつけるのだった。
まるで一番敏感な突起の裾野を、その部分には触れないようにと這いまわる筆先のようだった。気を緩めるといつしか膝を開いて腰を突きだしそうになる、そんな感覚だった。
少しずつ虫の声が静かになってきた。音が消えて、心地よさが迫り上がって身体を包み込んでいった。
車窓からの光と影が白い肌の上を走った。
着物を裾を大きく割られて二人の男に抱えられていた。下着もなく黒々とした飾り毛が露わになっていた。その向こうに緋色の粘膜が小さな突起を頂点にして左右へとヒダを綻ばせているのが見えた。
他の乗客が気になって、顔をあげようとしたが視線が動かせなかった。視界の端に何人もの革靴やスニーカー、パンプス、サンダルが見えた。
「ああ、きっと座席は全部、埋まっている」と思った。
剥き出しの自分を見られていると思うと顔が火照った。同時に、尿意を覚えるほど花びらが熱くなった。
「あ、やだ・・濡れちゃう」
心の声なのか、口に出したのか、自分でも判らなかった。
「真正面の人は・・」と思った瞬間に、目の前に黒い影がしゃがんでいた。
ダークスーツとズボンの印象しかない男が揺れる車内で片膝を床についていた。口角をニヤリと上げた薄い唇がとても卑猥だった。
跪いた男は、露わになった粘膜を嬉しそうに眺めている。その男の視線の記憶がなかった。その男だけでなく自分の両脇の男の顔を意識に刻まれなかった。
嬉しそうな男の手には蛍光色をした透明な素材の玩具が握られていた。その尖端は大きく脹らんで淫靡なモーター音とともに、生き物のように蠢いていた。
躊躇いもなく男が手を伸ばした。粘膜が異物に押し広げられる感覚と同時に腰が蕩けてしまった。鈍くむず痒いような官能がすぐにうねりとなって、奥深くに閉じ込めていた生き物を解き放った。
両脇で抑え付けられている両膝が酷く震えて、草履が脱げそうになった。帯に締められたままの背中が反って、滲んでいた汗が落ちていった。
規則的な電車の音に自分の呻き声が重なり始めると、大勢の人の見知らぬ視線と囁きが聞こえた気がした。意識が甘く霞んでいった。