空中楼閣*R25

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失うとは

 二人で鍋をつつきながら、軽い気持ちでふと疑問を投げかけてみたら、貴女が言葉を失った。

「え・・言葉がないというか、今更というか。まさか嘘でしょ、という感じ」

 先週あたりに、なんとなくそうではないか、と思い始めて、貴女の言葉でやっと確信できた。

「当たり前よ。女は独占が終わるとき、男との関係が終わるのよ」

 そんな事も気が付かないまま、あんな文章を書いていたのか、と貴女に呆れられる。

 やはり、そういう事だったのか。これですっきりした。何故、関係が壊れても構わない程、男の浮気心を追求したがるのかが判らなかった。

 追求されて追いつめられる程、男は浮気でなくなってしまう事もあるのに、まるで関係を壊したいみたいだな、と不思議だった。

「今頃、何言ってるんでしょ、信じられない。女にとって独占の終わりは、そのまま関係の崩壊なの。それをハッキリさせないだけなのよ。独占できてるの、できてないの、って」

 壊したいのではなく、壊れているのかどうかを確かめたいんだ。

「男ってね。関係というものを独占だと思ってないみたいなんだよ。むしろ支配というか、所有感覚かな」
「それって、女の浮気を許せるってこと?」
「自分が許してるなら、許せるって感じかも」
「私は許さないわ」

 そりゃ、そうだろう。

「所有さえしてれば、独占してなくても良いってことかしら。例えば共有とか」
「そこは微妙だなあ。でも、関係を失うという事と、独占を失うとかとは違う感覚」

 もっと言えば、支配や所有を失っても実際に繋がっていれば、関係は「失われていない」と思えてしまうのが、男かもしれない。

 だから、一度でも関係してしまうと、遠い過去の事でも、自分の女「だった」という感覚が少なからず残るものなのだ。

「もしかして、男がモテようと思ったら誰にも独占させなければ良いってことかな」
「まあ、そうね。その男に魅力があれば、そうなるわよね。誰も独占できてないから、自分が独占したい、って思うかも」

 つまり、男のいうところの「関係」を失わないように保つには、最初から独占をさせなければ良いらしい。

 女にとって、接触だけでは「関係」は未だ完成していない。つまり独占できていない。ところが、接触だけで独占をしなくとも、男にとっては立派に関係が結ばれている。そんな状態が作り出せるのかもしれない。

「呆れた事を聞いて来たと思ったら、今度は、何、嬉しそうに顔してるの?」
「モテる極意かな、って」
「何が?」
「誰にも独占させないでおくってのが」
「あのね・・そんな事ができる?誰か彼かからモテたとして、誰かを一番にするんじゃないの?」

 確かにそうかもしれない。

「だったら、その一番の女が独占するわよ。あなたを」
「ああ、そうか。独占させなければ関係を失わないかもしれないけど、関係を保つことで独占されるんだね。なんだか、自分で自分の足を踏みつけてる」

「まったく、独占したくても出来ない切なさみたいなものを、いつも書いてる人とは思えないわ」

 なるほど、モテ続けるのは簡単ではないみたいだ。

 なにしろ恋に落ちることを諦めないといけない。それでは、意味がないではないか。ただ、肌が欲しいだけならどれで良いのだろうが、恋に心踊らせられないなんて「人生」がツマラナイ。

「ああ、そうか。そうだよねえ。チヤホヤされるだけで、恋が出来ないなんて」
「誰にも夢中になれないなんて、つまらないわよ」

 では、複数恋愛している女性はどうなんだろう。独占したくないのだろうか。

「それはね、本当は独占したい人と深い関係があるのに、実は完全に独占できてないからかな、って」

 つまり、何処までも女性は想い人を独占したいみたいだ。

「で、貴女は、どうしたいの?」
「独占したいわよ。あなたの何もかも、日常全部、過去も未来も。でなきゃ、ここで鍋つついたりしてないもの」

 今度は、私が言葉を失った。何故って、ここはひとつ、言葉を慎重に選ばなくちゃ、だ。独占されたいか、されたくないか、と。

「男の沈黙って、正直なのよね」

 貴女は、そう言って水炊きの鳥を突き刺した。