背中の向うに
彼の腕が弦楽器を奏でる弓のように、ゆっくりと動くたびに、私は消えそうになる視線を堪え、解けそうな指先に力を込める。
唇から漏れる恥ずかしい吐息が、不意の大きな喘ぎになってしまって、慌てて唇を噛んだ。
着物を裾を開く指先の感覚が消えて行く。立ったまま拡げた腰の下で微かな蜜音がする。彼の指に私が絡み付く。
桜鼠の紬に濃紫の名古屋帯、今年最後の単衣でも腰から背中へと熱が昇り、胸元が汗ばんで逆上せそう。
快感の波に揺らされて、白足袋の踵が浮いて足指を丸める。
「ショーツ、着けてないですよね。和装なんだから」
部屋に入るなり、彼にそう言われた。曖昧に俯くだけで、その先の淫らを思って腰の中心が溶け始めた。
「何も穿いていないか、そこで見せなさい」
窓を背にして彼と相対していた。彼の言う「そこで」は、ここで立ったままで、裾を開けという意味だ。
気取られないように摺り合わせた膝が、自分の肌ではないような感じだった。
「前を開いて、裾を持ち上げなさい」
私は裾を開きながら、視線を彼の肩の向うへ、閉ざされた部屋のドアへと移した。閉じ込められていた官能の期待が、熱っぽい香りとなって放たれてしまう気がした。
思わず寄せた膝の前に、彼が腰を屈めた。飾り毛を指先で軽く撫でられた。
「はぁ・・うう」
夏前に綺麗に剃り上げた飾り毛を、今度は伸ばせと言われていた。
「伸びてきましたね」
彼の指を確かようと俯いた。私を見上げた彼と視線が出会った。彼は嬉しそうな顔を、いつもの表情を浮かべて、また視線を私の潤んだ部分へと戻した。
愛撫を受け入れるように自然に膝が緩んだ。
「パブロフの犬みたいですねえ。もう、こんなにヨダレが・・」
「あ・・いや」
彼は私を恥ずかしがらせようと、時々、露な単語を使う。私はまんまと彼の思惑通り、いや、それ以上に反応してしまう。だって、淫らな女だから。
「あああ・・あ」
粘膜を緩やかに擦り続ける彼の腕に力が込められた。ガクンと膝が落ちる。思わず俯いて、彼の肩に両手を置いた。
中指の爪の先から手の甲、手首から肘のあたりまでが、私の蜜で滑っている。抜け落ちた飾り毛が彼の腕に張り付いて螺旋を描く。
「これ、裾、開いてなさい」
「あ・・はい、でも、もう・・立ってられない」
彼は黙って顔を上げると、少しの時間、私を見つめた。
「じゃあ、捕まってなさい。でも、裾が汚れるかもだよ。お前の白濁で」
恥ずかしい。そう、思った瞬間、じわりとまた溢れた。
恥ずかしさは、自分が立ったまま愛液を滴らせていることと言われたからではない。彼の肩に捕まっていても良いと言われてたのが、涙が出そうなほど嬉しいと感じた事だった。
私、彼に寄りかかるのが、こんなにも幸せに感じるんだ。彼の肩にすがっても良いと言われた事が。
この肩は私だけのものではないけれど、今だけは私だけがつかまっていいんだ。
「あ・・うぁあ、あん」
彼の動きは激しくなって、身体が小刻み震えてしまう。彼の肩に指先を食い込ませながら、見上げたクリーム色のシーリングが霞み始めた。