シャングリラ
大学の図書館の三階はアーカイブとなっていて、よほど古い医学論文の原著でも探すのでもなければ、滅多に訪れることもない。
なにしろ、内容だけを読みたければ、今はネットのオンライン検索システムで手に入る。この図書館では検索ブースが一階にずらりと並んでいて、そちらは順番待ちが出るほどの賑わいだった。
私は、古い紙の匂いに満ちた音の無い世界に居た。まるで人が足を踏み入れてはいけない書籍達の聖域に、独り身を置いているかのようだった。
お邪魔しますよ、と呟いてから私は書棚の間を歩き始めたと思う。天井まで届く棚の壁に挟まれて、目指す先は縦に細長い窓がある壁際だった。
午後の日差しが細く床を横切り、書棚の足元から這い上がる。
「いつもの場所で」
と貴女は言った。人の官能はコントラストに昂りを覚える。同期生のトップを行く貴女が、何故、私に興味を持ったかは判らない。
ただ、あの日、上司の外科講座主任教授への就任祝いの宴席の後、唐突に「触れていいか」と私に聞いた。「じゃあ、下のバーで」と耳元で返すと、二人は別々のエレベーターに乗った。
他に2組の客しかいないバーのカウンターで、私は貴女に左手を差し出して冗談めかして言った。
「どうぞ、好きなだけ」
貴女は「ありがとう」と言って、私の手に自分の手を重ねると、浸透させるように私の指の間に自分の指を沈ませた。
酒と肌の酔いが回って、私は饒舌になっていた。
「誰も貴女には手を出せないよ」
と言うと、貴女は不思議そうに笑ってから、悲しそうな眼差しを見せた。
「でも・・」
「でも、なあに」
汗ばむほど、指を絡めていた。カウンターの向うのバーテンの視線など気にならないかのように、二人は指で交わっていた。
「きっと似合うだろうな。静かな図書館の窓際で、後ろから犯される感じ」
今度は、本当に楽しそうな顔をして貴女が笑った。
「そんな事、言われたの初めて」
「言わないでしょ。普通は」
「そうよえね。犯罪だわ・・でも、して欲しいかも」
横顔が艶めいていた。私は、バーテンの表情が気になって、声を落とした。
「部屋で計画を話し合わなくちゃ」
「実験計画書よね」
実験の手順は、キスのシミュレーションから始まった。眠りに落ちるまで、二人は入念に計画を練った。最後には、窓際で貴女を後ろから抱いて交わった。
縦長の窓の下には閲覧用の小さな机があった。私は、その机に腰でもたれて、貴女を待った。
やがて階段を昇るヒールの音が響いて、一度、立ち止まると、書棚の間から近づいて来た。
いつもの場所で貴女は白衣を脱いで下着をずらし、窓に向かって両手を机に突くだろう。
いつものように赤い唇をキツク咬んで声を殺して、私を深く含んだまま腰を震わせるだろう。裸の腰を晒して私に貫かれながら、図書館の三階で。